幕末維新の群像

幕末維新の群像  木戸孝允は、天保4(1833)年萩藩医和田昌景の長男として誕生。後に桂家の養子となり「桂小五郎」の名で知られます。藩校明倫館で吉田松陰に兵学を学ぶなど、10代から文武の英才として知られ、文久3(1863)年、藩命により京へ上りました。
 京都では長州藩士久坂玄瑞らとともに国事に奔走、文久3年の「8月18日の政変」後も京都にとどまり、失地回復に努めますが、蛤御門の変で敗れ但馬方面にて潜伏し、慶応元年(1865)に帰藩しました。
 慶応2(1866)年、坂本龍馬の仲介の下、薩摩藩の西郷隆盛と薩長同盟を結びました。
 明治政府では参与となり、『五箇条の御誓文(ごかじょうのごせいもん)』の起草、版籍奉還、廃藩置県など、新たな日本の国づくりにまい進しました。明治10(1877)年病没、享年45歳。墓所は京都市東山区の霊山護国神社。