幕末維新の舞台

会津若松市

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 会津若松市は、京都守護職を務めた松平容保(まつだいらかたもり)のお膝元会津藩二十三万石の城下町です。現在でも鶴ヶ城(つるがじょう)をはじめとする多くの史跡に往時の武家文化の面影を残し、また、大正ロマンあふれる七日町通り(なのかまちどおり)、東山・芦ノ牧(あしのまき)の二大温泉、会津漆器(しっき)や会津清酒といった伝統産業などが多くの人々を魅了しています。

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会津若松市からのメッセージ

 文久2年(1862)会津藩主松平容保は京都守護職拝命という苦渋の決断を迫られます。「大君の義、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以て自ら処るべからず」など家訓十五箇条に従い、火中の栗を拾う決断は「義に死すとも不義に生きず」という「もののふの心」を象徴しています。戊辰戦争(ぼしんせんそう)の悲劇から150年の節目を迎えようとする平成29年、幕末の京都で未来の日本のために、それぞれの信じる道を進んだ人々の末裔(まつえい)が一堂に会するこのプロジェクトが、次代を拓く新たなうねりとなりますことをご祈念申し上げます。

幕末維新の舞台

1. 会津若松城(鶴ヶ城)

 至徳元年(1384)に、南北朝期の統治者・葦名直盛(あしななおもり)が東黒川舘(ひがしくろかわやかた)を築いたのがはじまりといわれ、蒲生氏郷(がもううじさと)が7層、加藤時代に現在のような5層の天守閣になりました。戊辰戦争では約1カ月の防戦に耐え難攻不落の名城として知られました。明治政府の命で取り壊されましたが、昭和40年に再建、平成12年に干飯櫓(ほしいやぐら)と南走長屋を復元、23年に幕末当時の赤瓦屋根の天守閣をよみがえらせました。国指定史跡。
福島県会津若松市追手町1-1

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2. 白虎隊十九士の墓(飯盛山)

 戊辰戦争の折、16~17歳の少年たちで編成された白虎(びゃっこ)士中二番隊20人が戸の口原合戦場から退却。滝沢峠の間道から戸(と)の口堰(くちせき)の洞門(どうもん)をくぐり、飯盛山(いいもりやま)に着いたとき鶴ヶ城の天守閣は黒煙の中に見え隠れして、「城は陥落したか、今は主君のために殉じよう」と、全員が自決しました。
福島県会津若松市一箕町八幡弁天下

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3. 旧滝沢本陣

 参勤交代や領内巡視などの際の殿様の休息所。戊辰戦争の際に本営となり、白虎隊もここで命を受けて戦場へと出陣していきました。茅葺(かやぶ)きの屋根におおわれた書院づくりの建物は、国の重要文化財に指定。御入御門、御座(ござ)の間(ま)、御次(おつぎ)の間などが当時の姿のまま残されており、さらに歴代藩主の愛用した身回り品、参勤交代の道具類、古文書なども保管されています。建物のあちらこちらには弾痕や刀傷があり、幕末当時の戦いの痕跡をとどめています。
福島県会津若松市一箕町滝沢122

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4. 阿弥陀寺・御三階

 戊辰戦争の終結後、城下及び近辺で戦死した会津藩士の遺骸は、新政府軍の命令で触れることは許されず放置されていました。幾度もの嘆願により、やっとその埋葬許可が下りたのは翌、明治2(1869)年2月。埋葬地は阿弥陀寺と長命寺に限られ、ここ阿弥陀寺には、およそ千三百柱にのぼる遺骸が埋葬されました。今でも春・秋の彼岸には供養会が行われ、戊辰戦争に散った若き藩士たちの魂を手厚く弔っています。阿弥陀寺には戊辰戦争戦死者が埋葬されており、家老・萱野権兵衛(かやのごんべえ)遥拝碑、元新撰組隊士・斉藤一(さいとうはじめ)の墓もあります。(会津人が薩長の戦没者を供養した「西軍墓地」は市内・東明寺にあります)
福島県会津若松市七日町4-20

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見どころ(名所旧跡等)

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1. 七日町通り

 大正浪漫の雰囲気のただよう七日町通りは、藩政時代には会津5街道のうち日光、越後、米沢街道の主要道路が通り、城下の西の玄関口として問屋や旅籠、料理屋が軒を連ねていました。現在は観光客に人気の通りとなっています。
会津若松市七日町

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2. 会津藩主松平家墓所

 院内山(いんないやま)にある墓所は通称「院内御廟(ごびょう)」と呼ばれ親しまれています。面積は約15万㎡と全国的にも類を見ない規模を誇り、その敷地には2代藩主保科正経(ほしなまさつね)から幕末の9代容保まで歴代の藩主が眠ります。
福島県会津若松市東山町大字石山字墓山

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3. 東山温泉

 会津の奥座敷・東山温泉は、奥羽三楽郷に数えられる歴史ある温泉郷です。竹久夢二(たけひさゆめじ)や与謝野晶子(よさのあきこ)などの文人・墨客にもこよなく愛された湯の街。四季折々の自然を満喫して癒せる東北屈指の温泉地です。
福島県会津若松市東山町湯本

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4. 芦ノ牧温泉

 「幻の温泉郷」芦ノ牧(あしのまき)温泉は、古くから皆様に親しまれた温泉郷です。温泉街に入ると「出会いの湯滝」が皆様をお出迎えし、「子宝の湯」「足湯・足ポッポ」「「散策遊歩道・いちいの小路」等でお楽しみいただけます。
福島県会津若松市大戸町芦ノ牧

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特産品

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会津清酒

 会津は四方を山々に囲まれ、扇状地形が広がる肥沃な土地。豊富な地下水を貯えたこの地は良質の米を産し、良質の水が湧き出しています。恵まれた環境風土、そして高い技術と会津人のがんこな気質がかもす極上の酒。それが会津清酒です。

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会津漆器

 蒲生氏郷(がもううじさと)が産業として振興した会津塗(あいづぬり)は、歴代藩主が技術革新に努め、全国に知られるようになりました。会津漆器は蒔絵(まきえ)や沈金(ちんきん)など華やかな加飾が特徴。これらの伝統技術は時代ごとに進化しながら、現代の匠へと受け継がれています。

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起き上がり小法師

 起き上がり小法師(こぼし)は「転んでも転んでも起き上る」ところから縁起物として扱われてきました。また一家繁栄を願って毎年お正月の初市に家族の人数より1個多く買い求めるのが慣習として受け継がれています。

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赤ベこ

 今から400年ほど前、大地震で被害を受けたお寺を再建する際、どこからともなく現れた力の強い赤毛の牛がこれを助けたという伝説から、赤ベこは「幸せを運ぶ牛」「子どもの守り神」として会津の人々に愛されています。

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こづゆ

 干し貝柱でだしをとり、里芋や人参、糸こんにゃくなど具だくさんでつくる煮物。それを小さな朱塗りの手塩皿(てしおさら)に盛った会津を代表する郷土料理です。冠婚葬祭に欠かせない料理として会津の人々に愛されています。

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にしんの山椒漬け

 海に面していない会津地方では、乾物の食文化があります。身欠(みが)きにしんと山椒(さんしょう)の葉を交互に重ね、酢と酒、醤油で漬け込みます。そのままでよし、軽く火であぶってもよし、酒の肴に最適です。